椋野美智子の研究室にようこそ

椋野美智子の研究室にようこそ。この部屋では、社会保障や地域と福祉について椋野美智子がかかわったこと、考えたことをお伝えしていきます。

2017/09/05

介護保険を活用して地域に移動支援を―その2



9月1日福岡県自治労会館で「移動・外出支援を多様な生活支援サービスで推進するセミナーin福岡」が開催され、パネルディスカッションのコーディネータをつとめました。参加者は154名、会場の後ろの壁ぎりぎりまで椅子を入れて何とか立ち見を解消するほどの盛況ぶりでした。主催はNPO法人の全国移動サービスネットワーク、昨年は12月に大分市で開催されました。


http://mukuno-michiko.blogspot.jp/2016/06/blog-post.html 


市町村が住民と共にサービスを創り出す


参加者の大部分は九州管内の市町村の介護保険担当課と地域包括支援センターの職員です。小さな1民間団体主催の、厚生労働省職員も知名度の高い有識者も登壇しないセミナーに、こんなにも多くの行政関係職員が詰めかけることに、時代の変化を感じました。参加者からのアンケートは、「とてもよかった54」「まぁよかった27」「無回答4」=計85。
今までは、国の設計した制度を適切に実施するだけでよかったのに、今や市町村が地域住民ととともに地域に合ったサービスを創り出していかなければならない、それが単なるお題目ではなく、切実な行政課題として見えてきたのだと思います。2015年の介護保険法の改正で給付対象外となった要支援の方たちに対してどのようなサービスをつくりだすかが、市町村に問われているのです。
残念ながら、とりあえず、今まで介護保険の給付としてデイサービスをしていた事業所にそれより安い単価でデイサービスを委託して受け皿とした市町村が多いようです。しかし、それだけではすまないことも分かっています。住民主体の居場所をつくっていかなければ、この超高齢化・人口減少は乗り切れません。また、自家用車を運転しない高齢者が買い物や通院の足に困っているのはどこの地域でも同じです。今までは、それは介護保険担当の仕事ではない、と言って済んだのですが、介護保険の総合事業の中に移動支援のメニューが組み込まれたとなると、そうも言えません。それに、居場所をつくってもそこまでの送迎がなければ来られない人がたくさんいます。白タク行為になると困るし、どこかにいい先行事例はないだろうか、参加した市町村職員の気持ちはそんなところでしょうか。
でも、大切なのは、どこかの仕組みをそのまま真似ることではなく、①地域のニーズをできるだけ具体的に、つまり、誰がどこに行くのに困っているのかを把握し、②移動を支援してくれそうな人や団体を見つけ。③それをもとに仕組みを考えることです。そのプロセスが大切なのです。


大分県国東市の住民によるカフェと送迎



セミナーでは、国東市の竹田津くらしのサポートセンター「かもめ」の会長坂口弘道さんが、住民が始めたカフェと移動支援の話をしてくれました。私が国東市の竹田津で開催された「くらしを考える勉強会」に講師として伺ったのは、昨年の5月でした。
http://mukuno-michiko.blogspot.jp/2016/06/ 
毎週の勉強会、それから住民が全世帯を訪問しての1世帯1時間ほどかけた聴き取りのニーズ調査、先進地視察、実験実施、安全運転講習を経て、12月には設立総会を立ち上げ、1月からはカフェと食事会(送迎付き)が始まりました。
カフェはスタッフが楽しい場所、だからみんなに来てほしい、来られない方がいるから送迎する、と坂口さんはおっしゃっていました。今やカフェのボランティアスタッフは人口1000人の地域で40名だとか。そもそも、会長さんの定年後の夢は喫茶店を始めることだったそうで、夢が叶ったと嬉しそうでした。そして、好きだったギター演奏をカフェで披露したのですが、他の住民もそれぞれいろいろな特技を披露して、カフェでミニ講座も始まりました。

セミナーの資料から

仕組みとしては介護保険法の一般介護予防を使い、道路運送法上は登録も許可も不要なサロン送迎等の自家輸送ですが、先例としたいのはその仕組みというより、住民が一から立ち上げたプロセスです。背景には超高齢化・人口減少への住民の強い危機感があったといいます。もちろん、黒子としての社会福祉協議会職員の活躍、そして大分県や国東市からの支援もも忘れてはなりません。


山口県防府市の社会福祉法人による送迎

セミナーの資料から




セミナーでは、山口県防府市の高齢福祉課政策担当主幹の中村一朗さんも、事例の紹介をしました。仕組みをいえば、介護保険上は、通所サービスに、社会福祉法人が地域貢献として車と運転手を出して行う送迎をDとして組み合わせたもので、道路運送法上は国東市と同じ自家輸送です。
社会福祉法人に法的責務が課された地域貢献の一環として送迎を行う例はほかにもあります。例えば大分県竹田市では2つの社会福祉法人と1つのまちづくり系NPOが一緒になって新たなNPO法人を立ち上げ、社会福祉法人が車とスタッフを出して居場所への送迎などを始めました。
ただ、防府市は、行政がしかけた仕組みづくりのプロセスが素晴らしいのです。だから、住民も運営を手伝い、企業は場所を提供して協力しています。セミナーで飛び出した中村課長の名言を紹介します。
・地域ケア会議はやる気のある人を見つける場
・会議でアイデアは出ない。雑談の中でアイデアは出る。拾ったアイデアを形にする。
・サービスを押し付けない。地域が選び、地域が事業者に協力を頼む。行政には断れても地域に断われる事業者はいない。
・ちょっとテストとしてやってもらう。やったらメンツから撤退できない。
・地域格差はあるもの。やるべき地域からではなく、やりたい地域から始める。
・身近に成功例ができればやりたくなる。



佐賀県みやき町の福祉有償運送団体



もう一つセミナーで紹介されたのは、福祉有償運送が制度化する前から、20年来、ボランティアによる移動支援をやっているNPO法人中原たすけあいの会です。福祉有償運送と登録不要の無償運送の両方を行っています。福祉有償運送は対象者が限定されているので、それでは対応できないニーズに無償運送で対応しているのです。会長の平野征幸さんも、移動支援だけでなくお互いに楽しむ場としての居場所づくりの重要性を述べておられ、居場所がボランティア活動の拠点となっているとのことでした。

セミナーの資料から

中原たすけあいの会の移動支援は、年間利用延べ人数が約5700人で有償と無償が半々ですが、収支はどちらも赤字です。国土交通省の全国調査でも福祉有償運送団体の約1/3が赤字で、団体が行っている介護保険事業等から補てんしています。
全国移動サービスネットワークが行った調査によれば、福祉有償運送団体のうち、総合事業の担い手になってもいいが27%、条件次第というのが38%で、合計すると約65%がなってもいいという回答でした。
 市町村の介護保険担当者はこれまであまり福祉有償運送団体とはおつきあいがありませんでしたが、福祉有償運送団体は住民主体の移動支援の老舗です。行政が協力を依頼しにくければ、地域の住民から協力を依頼するという、中村さん推奨の方法もあります。また、もし手いっぱいで総合事業の担い手自体にはなる余裕がなくても、協議体に参加してもらえば知恵をもらえるかもしれません。
全国移動サービスネットワークの委員会では、今後、福祉有償運送団体が介護保険の移動・外出支援を担うための条件整備などについて研究を進めることとなっています。